とにかく寝るはダメ?うつ病予防のために睡眠の質とリズムを見直そう
◎とにかく寝ればいいわけではない「うつ病予防と睡眠の重要性」
眠りたいのに眠れない。夜中に何度も目が覚めてしまう。疲れが残っていていつも眠い…。うつ病になると、多くの場合、こうした不眠の症状に悩まされるといいます。うつ病と不眠の症状には深い関係があるようです。うつ病の予防、再発防止のために、睡眠の質を向上させること、睡眠のリズムを整えることがいかに大事であるかということについて、専門の精神科医が臨床経験を踏まえて解説します。
第1章うつ病になった人の80~85%が不眠の症状を併発している
不眠と呼ばれる症状は主に3つに分類されます。布団に入っても眠ることができない「入眠困難」、いったん寝入っても何度も目が覚めてしまう「中途覚醒」、早朝に目が覚めてしまって再び寝入ることができなくなる「早朝覚醒」です。こうした不眠の症状がある人が世の中にどれくらいいるのか。統計によると、20歳以上の5人に1人、20%くらいの人が慢性的に不眠に悩まされているといいます。
さて、うつ病と不眠の関係についてですが、不眠の症状がある人がすべてうつ病だというわけではありません。しかし、うつ病にかかっている人のうち、実に80~85%の人が不眠の症状を併発しているという統計があります。不眠の症状があると、うつ病になるリスクが1.5倍から2倍になるという研究もあります。うつ病の症状の程度をチェックする国際的指標の HAM-D(ハミルトンうつ病評価尺度)の17項目の中にも、「入眠困難」「中途覚醒」「早朝覚醒」の3項目が含まれています。要するに、うつ病の症状の一つに不眠があり、逆にいえば、不眠になると、うつ病につながる恐れがあるということです。うつ病と不眠はそれだけ深い関係があるのです。
第2章とにかく寝ればいいわけではなく、話うつ病患者の不眠の症状には「悪夢を見る」という症状も
うつ病患者の不眠の症状として、「悪夢を見る」ということもあります。夢の中で上司に怒られているとか、夢の中で何かに追いかけられて逃げ回っているとか、嫌な夢を見るんですね。悪夢で目が覚めて眠れない。夜中に眠れないので昼間もずっと眠い。そんなつらい状況に悩まされるのです。
なぜ、うつ病患者にそうした不眠の症状があらわれるのか。脳内の神経伝達物質セロトニンの減少が関係していると指摘する仮説があります。セロトニンが減ることによって、うつの症状を引き起こし、昼間の活動性が下がるから夜になっても眠れなくなるという説です。このほかに、睡眠のリズムをつかさどるホルモンであるメラトニンの分泌減少が関係しているとの説もあります。いずれにしても、はっきりとしたメカニズムは分かっていません。恐らく一つの要因ではなく、複数の要因が絡んでいると思われます。人間の脳は本来、〝眠る力〟を備えています。ところが、うつ病になると、その〝眠る力〟が阻害され、あるいは失われていると考えられます。
第3章不眠の症状改善のために、まず「日常生活の見直し」を
それでは、不眠の症状を改善するためにはどうしたらいいのでしょうか。私は、不眠の治療で優先すべきことは、睡眠薬による「薬物療法」ではなく、「日常生活の見直し」が必要だと考えています。不眠の症状を訴える患者さんの話をよく聞かずに睡眠薬を処方するのは論外。診察の際にまず、とにかく患者さんの話をよく聞くことが大事です。
「何時ごろにお布団に入っていますか」「何時ごろに起きていますか」「夜中に何回目が覚めますか」「どんな夢を見ますか」「晩ご飯は何時ごろに食べていますか」などと患者さんに尋ねます。飲酒や喫煙の有無、コーヒーを飲むのか飲まないのかといったことも質問します。こうして睡眠に関わることを聞いていくうちに、解決方法が見えてくることが結構多いのです。
たとえば、不眠を訴える高齢者の話を聞いていると、夜8時に布団に入って、朝7時くらいに起きたいのだけれど、朝2時くらいに目が覚めてしまうというケースがあります。この事例に限って言えば、少しもおかしなことはありません。年齢と睡眠時間の関係について1966年に書かれた有名な論文によると、65~70歳の高齢者に必要な睡眠時間は6時間くらいとされています。つまり高齢者が夜8時に就寝すれば、6時間後の朝2時に目が覚めるのは当たり前と言っていいのです。それに、晩ご飯を食べて消化できないうちに就寝すると、脳は寝ているのに胃腸が働いていて、充分な眠りになりません。こうしたケースでは、私は患者さんに「遅寝早起き」を勧めます。朝5時に起きたいのであれば、夜11時に就寝すればいいのです。晩ご飯も、消化に要する時間を考えて、就寝3時間前までに食べたほうがいいでしょう。
第4章うつ病患者の不眠治療に使われる睡眠薬の注意点とは?
このように、不眠の症状を訴える患者に詳しく話を聞いて治療につなげることを「睡眠衛生指導」といいます。日本睡眠学会の不眠症に関する診療ガイドラインでも、薬物療法よりも先に睡眠衛生指導が必要であると示されています。私は睡眠衛生指導で「コーヒーやエナジードリンクは朝飲みましょう」などと呼び掛けています。眠気を覚ます効果があるものを夜中に摂取すれば、当然眠れなくなりますからね。睡眠衛生指導の結果、枕を替えただけで眠れるようになり、睡眠の質が向上したという例もあります。
ただし、うつ病が進行した患者の不眠治療では、睡眠衛生指導だけではうまくいかない場合があります。そのときは〝眠る力〟を取り戻すまでの間、睡眠薬が必要になります。できるだけ軽めの睡眠薬を処方しますが、睡眠薬の服用に際しては、いくつか注意しなければならないことがあります。
不安を軽減し、緊張を和らげる効果がある睡眠薬は筋肉を弛緩させるので、ふらつきや転倒を起こしやすくなります。効き目が強くて、朝になって起き上がれないようなときは、無理して飲み続けるのではなく、早めに専門医に相談して、薬の量を減らしたり、飲まない日を設けたりしてください。
睡眠薬とお酒との相性がすごく悪いということも忘れてはいけません。飲酒しながら睡眠薬を飲むと記憶が抜け落ちてしまう健忘を引き起こす恐れがあります。車の運転も、睡眠薬を飲んだ直後は絶対にダメです。睡眠薬の種類によっては、急に服薬をやめると逆に眠れなくなる「反跳現象(はんちょうげんしょう)」が起きることもあります。この場合も専門医に相談の上で、ある日突然やめるのではなく、徐々に薬を減らしていってください。
睡眠薬は、睡眠を自分自身でコントロールする手段の一つだと考えればいいでしょう。誰でも、眠れる日と眠れない日があります。その波に合わせて、眠れそうにないなというときに睡眠薬を使えばいいのです。
最後に
うつ病の症状は不眠だけではありませんから、眠れるようになればうつ病が完治するというものでもありません。しかしながら、不眠の症状があると、うつ病になるリスクが高まるので、睡眠を充分にとることが、うつ病の予防につながります。うつ病の入院治療においても、最初にしっかり休養し、睡眠と食事のリズムを整えることに取り組みます。睡眠の質を向上させることは、うつ病の治療そのものでもあるのです。薬物療法については、副作用を恐れて拒否される患者さんもいますが、病気の再発に気を付けながら症状の改善にしたがって薬の量を減らしていくことができます。私が勤務する不知火病院のうつ病治療専門のストレスケアセンター「海の病棟」でも、作業療法(リハビリテーション)や精神療法(カウンセリング)などを通じて、 薬だけに頼らずに治療に当たる取り組みを続けています。
今回のまとめ
不眠でうつ病のリスクが高まる
まずは生活習慣の見直しが最優先
症状がひどい場合には睡眠薬も
質の良い睡眠がうつ病予防に