この人はうつ?
気を付けたい接し方
◎思いやりを持って気にかけてあげることが大切
うつ病にかかった人、あるいはうつ病の疑いがある人の家族や周囲の人たちは、本人とどのような接し方をすればいいのか、どんな言葉を掛けてあげればいいのか、またはどんな言葉を言ってはいけないのか―などと頭を悩ませます。うつの症状や程度は一人一人異なり、家族関係や職場の環境などもそれぞれ違っていて、「この場合はこうだ」とひとくくりに言い切ってしまうのは無理なようです。
うつ病治療の専門病棟がある病院の専門医でも、適切な治療法を探りながら対応しているのが現状です。しかも社会環境の変化に伴って、うつ病が多様化して対処法もより難しくなってきています。医療現場での実例を基に考えます。
第1章この人はうつ?
素直な自分を見せられる相手を
「この人はうつ病なのかな」と感じたら、周囲の人はどのように接したらいいのでしょう。一般的にいえば、常に本人とコミュニケーションをとり、気にかけてあげることが大事です。ただ、実際に病院の入院患者の家族を見ていると、夫婦間のコミュニケーションがうまくとれていないケースが少なくありません。例えば、子供のいる家庭で、うつの症状が出ている夫がそれにもかかわらず「強い父親でなければならない。おれが倒れたらだめだ」と自分自身を追い込んで症状を悪化させることがあります。悩みや胸のうちの苦しさを妻に明かせば、少しは楽になるのでしょうけれど、1人で抱え込んでしまう。要するに、上手に甘えることができていないのです。
夫婦に限らず、お互いに理解して許し合える関係でなければ、本人はどう甘えていいか分からないし、相手もどう甘えさせていいか分かりません。甘えるといっても、何もかも全部依存する下手な甘え方ではなく、適度に依存する上手な甘え方ができるかどうかです。「この人はうつ病かな」という人への接し方を考える場合、互いに上手に依存し合う関係を築けているかどうか、日頃からコミュニケーションがとれているかどうかを注意する必要があるでしょう。
第2章うつ病に虎の巻はない
医療スタッフも個々に対応
うつ病が疑われる人に対しては、睡眠や食事がちゃんと取れているのかどうかなど、本人の状態を詳しく見ていく必要があります。うつの症状が悪化した人は死にたいという気持ちが起きるかもしれないので、特に1人になったときは注意しなければなりません。しかし病院側から家族や会社に「〇〇に気を付けてください」と説明すると、そのことばかり気にかけてしまって、かえってぎくしゃくすることがあります。
ある患者さんは「会社に行くたび『調子はどう?』と聞かれてうんざりした」と言っていました。病院側も気を付けなければなりません。患者さん本人や家族はときに過度の期待を持って来院されます。患者さんが所属する会社に対して、本人の了解を得た上で病状を説明するときも、どの程度話せばいいのか悩ましいことがあります。虎の巻があるわけではありません。医療スタッフも常に知識を高めながら誠意を持って個々に対応する必要があります。
第3章うつ病患者の自殺防止のためにも早期入院治療が重要
「この人はうつ病かな?」と思って、家族が精神科病院での受診を勧めても本人が行きたくないというケースがあります。逆に、家族のほうがうつ病と診断されるのを怖がって本人を病院に行かせるのを拒むケースもあります。どちらにしても結果的に診断が遅れて、症状が悪化してしまいます。
2018年度(平成30年度)の日本精神神経学会学術総会で優秀発表賞を受賞した私の論文は、うつ病治療に取り組む日本ストレスケア病棟研究会の所属病院に入院中に残念ながら自殺された方たちのデータを調査・分析したものです。この研究会は2000年(平成12年)に4つの病院で発足し、現在23病院が所属していますが、この20年近くの間に計5万人超がうつ病で入院されて、このうち70人ほどが自殺されています。病院への出入りが自由な開放病棟ですから、自殺防止の観点で言えばどうしてもリスクはあります。その割に自殺率が0.15%程度というのはかなり自殺を防いでいるのではないかと考えられます。調査の結果、医療スタッフに何らかの異変を相談してから24時間以内に命を絶たれたケースが多いことも分かりました。症状に応じて早期に入院治療を施す重要性をデータが示しています。
第4章うつ病が多様化
社会的背景の変化が影響か
昔に比べて、うつ病の病相は多様化しています。そこには、社会的背景の変化が影響していると思われます。最も特徴的なのが、子供たちの遊び方の変化ではないでしょうか。昔は近所の子供たちが、ガキ大将を中心にみんな一緒になって遊んでいました。子供たちには子供なりの社会や暗黙のルールがあって、小さな子供の面倒をちゃんと見てやるとか、遊びの中で社会を学んでいました。ところが少子化が進み、ゲームソフトの影響などもあって、かつてのような光景はあまり見られなくなりました。
大人の社会も核家族化の進展などにより、特に都市部では隣家同士のお付き合いなどが希薄になり、個人個人が楽しければいいという風潮が広まったように見えます。運動会の徒競走で順位を付けない小学校があるとも聞きました。でも、それでは競い合う力が育たず、競い合って負けた時の対応力も磨けないのではないでしょうか。昔だったら子供の頃に体験していたことに大人になって初めて立ち向かい、うまく処理できずにいることが、若年型や現代型と呼ばれる若い世代のうつ病の症状につながっているようにも見えます。うつ病の予防や治療を考える上で、こうした諸々の変化も頭に入れる必要があるでしょう。
最後に
うつ病が疑われる人の家族や周囲の人たちは、常に本人とコミュニケーションをとり、気にかけてあげる必要があります。ところが、夫婦間で上手に依存し合う関係ができていないためにコミュニケーションがうまく取れていないケースが少なくありません。うつ病専門病棟に入院中に自殺した患者さんたちの事例の調査研究でも、早期に入院治療を施す重要性をデータが示しています。社会的背景の変化とともに、うつ病は多様化しています。諸々の変化を頭に入れて、今の時代に即したうつ病の予防や治療を考える必要があります。
今回のまとめ
なるべく積極的にコミュニケーションを取る
あまり気にかけすぎるとお互いの負担に
その人にあった接し方を探す
早めの受診を促して専門家の意見を
書いたヒト日本精神神経学会 専門医 / 日本精神神経学会 指導医不知火病院 院長医学博士:松下 満彦( まつした みちひこ )
2018年に日本精神神経学会学術総会にて「ストレスケア病棟への入院した 51,662 人のうち、入院中に生じた自殺既遂例の調査」を発表し優秀発表賞を受賞。福岡大学病院診療准教授を経て、現在、不知火病院院長。所属学会:日本精神神経学会(専門医・指導医)、日本うつ病学会(評議員)、日本ポジティブサイコロジー医学会、日本社会精神医学会、日本サイコオンコロジー学会、日本精神分析学会、日本精神集団療法学会、日本生物学的精神医学会、日本神経精神薬理学会、 日本東洋医学会。
福岡県大牟田市:不知火病院(うつ病専門病棟も)